結論
スプラトゥーンは短期的な利益や合理性を捨ててでも、20年30年先まで続く「遊びの文化」と「信頼の循環」を作るために生まれた極めて異常で覚悟のある挑戦であり、その上に成り立つ環境を破壊する行為は、強さや人気を理由にしても一切正当化されない。対戦ゲームが荒れること自体は避けられないが、犯罪や社会倫理の逸脱を許す空気だけは絶対に越えてはならない一線であり、その線を守れなければ最終的に遊び場そのものが失われる
スプラトゥーンはなぜここまで異常な挑戦だったのか
wii uというハードは発売当初から市場的に厳しい状況に置かれていた。普及台数は伸び悩み、サードパーティは次々と撤退し、オンライン人口も不安定だった。通常の企業判断であれば、この状況で取るべき戦略は明確で、既存ipを使った安全な続編や低リスクなタイトルに集中することだったはずだ。その中で任天堂は完全新規ip、しかもオンライン対戦を主軸に据えたゲームを投入した。これはリスクの掛け算であり、単体でも危険な選択を複数同時に行っている。新しいキャラクター、新しい世界観、新しい操作感、新しいルール、そして当時の任天堂としては前例のほとんどないサービス継続型の対戦ゲーム。この全てを、売れていないハードで実行したという事実は、結果論を排して考えればほとんど狂気に近い
任天堂に対戦型オンラインゲームの前例はあったのか
確かにスマブラやマリオカートといった対戦要素を持つタイトルは存在していた。しかしこれらは本質的にローカル対戦を主軸としたパーティゲームであり、オンラインは後付けの要素だった。しかもシリーズを重ねた既存ipであり、失敗してもブランド全体が揺らぐことはない。一方スプラトゥーンはオンライン対戦が遊びの中心であり、サービスの質そのものがゲーム体験を左右する。これは単なる対戦ゲームではなく、運営そのものを含めた設計が求められるジャンルであり、任天堂にとって未踏領域だった
なぜダメ元の実験ではなかったと言えるのか
スプラトゥーンは実験にしては作り込みが異常に深い。世界観、音楽、ui、キャラクターデザイン、操作感、全てが一貫した思想のもとで作られている。低コストで市場反応を見るようなタイトルではなく、明らかに「次の柱になり得るip」として本気で作られている。もし失敗した場合、開発費は回収できず、wii uというハードの状況も相まって批判は避けられなかったはずだ。それでも作ったという事実は、最初から短期的な損得を超えた目的があったことを示している
スプラトゥーンはなぜ儲からない構造なのか
スプラトゥーンは買い切り型のソフトであり、武器やギアの追加は全て無料アップデートで提供されてきた。有料ガチャもなく、有料武器もなく、強さに直結する課金要素は存在しない。これは現代の対戦型ゲームとしては極めて異例であり、運営を続けるほどサーバー費用や人件費がかかる構造になっている。長時間遊ぶユーザーが増えても直接的な追加収益はほとんど発生しない。この設計は、利益最大化を目的としたライブサービス型ゲームとは真逆であり、企業としては合理的とは言い難い
それでも任天堂はなぜ出したのか
答えは「遊びの発明」と「人口の拡大」にある。岩田聡が繰り返し語っていたのは、ゲームを売ることではなく、ゲーム人口を増やすことだった。スプラトゥーンはそれまで任天堂に触れてこなかった層、特に対戦ゲームしか遊ばない若年層やfps文化圏のユーザーを任天堂の世界に引き込んだ。この時点で、たとえ直接的な利益が薄くても、企業としての役割は果たしている。任天堂はipを短期的な収益源としてではなく、世代を跨いで信頼を積み上げるための資産として扱っている
岩田聡はなぜwii u期にこの判断ができたのか
wii u期、岩田聡は社外からも社内からも強い批判に晒されていた。メディアでは辞任論が語られ、株主からは業績回復を求める声が強まっていた。この状況で守りに入るのは極めて自然な判断だ。しかし岩田聡は、短期的な評価よりも任天堂が20年30年後も生き残るために必要なものを優先した。マリオやゼルダがあるからこそ、次の世代の柱を作らなければならない。今勝っているから守るのではなく、勝っているうちに次を作る。この思想がなければスプラトゥーンは生まれていない
スプラトゥーンの成功は任天堂にとってどんな意味を持つのか
スプラトゥーンの成功は単なるヒット作の誕生ではない。新しいキャラクターが生まれ、新しい世界観が成立し、任天堂のip群に新しい軸が加わったという意味を持つ。仮にスプラトゥーンが失敗しても任天堂が潰れることはなかったが、成功したことで次の世代に繋がる種を蒔くことができた。今遊んでいる子供たちが大人になり、自分の子供に安心して与えられるゲームとして残るかどうか。その評価はさらに先の未来で確定する
なぜ界隈の治安が悪化したのか
スプラトゥーンは対戦性が高く、勝敗やリザルトが明確に可視化される設計になっている。この構造は序列意識や攻撃性を生みやすい。さらに若年層が多く、snsとの親和性が高かったことで、リザルト晒しや暴言、個人攻撃が拡散しやすい環境が形成された。これは一部の悪意あるユーザーだけの問題ではなく、競技性と時代背景が重なった結果として発生した構造的な副作用だ
対戦ゲームが荒れるのは仕方ないのか
ある程度は仕方ない。負けて悔しい、感情的になる、口が悪くなる。これは特に子供を含む対戦型ゲームでは避けられない。しかしそれは「何をしてもいい」という意味ではない。荒れと無法地帯は別物であり、後者を許せば環境は必ず崩壊する
強いことは偉いことなのか
強いことは凄い。しかし偉いわけではない。この違いを理解しない限り、問題は解決しない。強くなれたのは、ハードがあり、オンラインがあり、社会や親がそれを許容している環境があったからだ。与えられた環境の上で成立した成果を免罪符にして他者を攻撃するのは、原因と結果を取り違えている
犯罪や倫理違反は許されるのか
許されない。差別的発言、名誉毀損、未成年への加害、脅迫行為はゲームの中であっても現実社会の法の対象であり、治外法権ではない。強いから、有名だから、人気があるからという理由で免責される空気が生まれれば、それは単なる弱肉強食ではなく無法地帯だ
任天堂はなぜ強く締めないのか
任天堂は原則として強制的な言論統制や威圧的な規制を好まない。遊びは萎縮した瞬間に死ぬという思想があるからだ。訴訟や全面禁止は最後の手段として温存されている。だからこそ、ユーザー側の自律が重要になる。任天堂の優しさの上に環境が成り立っていることを理解しなければならない
ガチキングという挑戦の意味
ガチキングは、これまで縄張りバトル中心だった公式大会において、初めてガチルールを正面から扱った挑戦だった。賞金を出さず、eスポーツ化に踏み込みすぎず、それでも競技性を認める。この姿勢は、競技を否定せず、しかし金儲けの軸にはしないという任天堂らしい折衷案だ
スプラトゥーン3の失速は何を意味するのか
スプラトゥーン3は初動こそ強かったが、序盤の不具合や調整不足により熱量が落ちた。これは期待が高かったからこその反動でもある。批判すること自体は悪ではない。しかし限度を超えた攻撃や誹謗中傷は改善要望ではなく環境破壊だ
ユーザーは何をすべきなのか
大きなことをする必要はない。晒しに乗らない、暴言を拡散しない、強さと人格を切り離して語る。それだけでも空気は変わる。お互いに頑張るという言葉は綺麗事ではなく、最悪を避けるための現実的な解だ
まとめ
スプラトゥーンは利益のためだけに作られたゲームではない。任天堂が未来に生き残るために、覚悟を持って選んだ挑戦だ。その上に成り立つ環境を壊す行為は、どれだけ強くても正当化されない。荒れは避けられないが、越えてはいけない一線は存在する。その線を守れるかどうかが、この遊び場が続くかどうかを決める
参考文献
岩田聡「岩田さん」ほぼ日刊イトイ新聞
任天堂株式会社ir情報 有価証券報告書
nintendo developers conference 2015 splatoon開発者講演
famitsu スプラトゥーン開発者インタビュー
任天堂公式サイト 企業理念・行動指針
【コメント】
昔から僕はやってるんですけど、ゲームがうまいからって何やっても許されるわけは無いんです。社会のルールがあるし、守らないといけないリテラシーやマナーがあるわけで、それを破ったとしても実力があるからとか有名だからとか言う理由で許されて良い理由には絶対にならないんです。
ただし、スプラトゥーン界隈にはそういう傾向を感じていて、荒らし行為とかアカウントがバンされたりとか、そういうことから大きな問題までかなり許されがちと言う傾向がある気がする。
どういうことをしようが、個人として遊ぶ分には全く構わないわけだけど、それはそれとして快く迎え入れられる環境や価値観が、違和感を感じるなと、常々思ってきました。
いずれにせよ、スプラトゥーン3が少し失速しているのは否めないので、批判等をするのは全く構わないと思うんですけど、だからといって誹謗中傷とか味方を晒し上げたりとか、上位勢で上手いんだからそういう人工に向けてアップデートをするべきだとか、そういうことではないと感じています。
トップの人口なんてわずかで顧客の中では非常に少ないんですよ。ターゲットの主な標的ですらない。任天堂は環境を理解していないとかいうけど、そんなわけはなくて、いかに流動性と大多数の普通のプレイヤーが楽しめる環境を作るかと言う内容を目標にしているんだと思います。
どうあれ、あんまりにも目に余る行為が増えるようだったら、任天堂が、最悪配信やSNS上でのスプラトゥーンに関するつぶやきを全て禁止することだってあり得るわけですから、僕らは遊び場を提供されているという認識を止めてはいけない。
ちなみにほんとに岩田さん大好き!
【追記】
スプラトゥーンは、実際サーバーの維持費やアップデートの手間暇を考えたら黒字なのか?
結論
任天堂はスプラトゥーンが「黒字か赤字か」を公式には公表していないため、断定はできない。しかし、公開情報と経営行動から見て「シリーズ全体として黒字である可能性は高いが、対戦運営単体で高収益モデルとは言い難い」と整理するのが最も妥当である。
以下、簡潔に理由を述べる。
**任天堂**は、タイトル別の開発費・運営費・利益を一切開示しない企業である。よって、スプラトゥーン単体の損益は公式データとして存在しない。 **スプラトゥーン**シリーズは累計販売本数が数千万本規模に達しており、売上総額は非常に大きい。ソフト売上という観点では、任天堂全体の業績に寄与していることは確実である。 一方で、スプラトゥーンは買い切り型であり、武器・ステージ・楽曲・イベントなどの追加要素をほぼすべて無料で提供している。これはサーバー費用・人件費・開発費が継続的に発生する構造であり、ライブサービス型ゲームとしては収益効率が低い。 任天堂がシリーズを継続し、公式大会や関連展開を続けている事実から見て、「赤字で切り捨てるべきタイトル」ではない。しかし同時に、「対戦環境に無制限の投資を行えるほどの高収益部門」でもないと考えるのが合理的である。
以上を踏まえると、
スプラトゥーンはシリーズ全体としては黒字、もしくは少なくとも任天堂の経営を圧迫しない水準で運営されている可能性が高い。しかし、その黒字は「無料アップデートや対戦運営を無限に要求できる性質のものではない」
この理解が最も現実に即している。
いずれにせよ、新しいステージとか、BGMとか、武器とか全て無料なわけですからね。アップデートも全部無料ですよ。1番初めに買って何千時間遊んだところで、それ以降全くお金は出してないわけです。任天堂はそういうアップデートをする義務もなければはっきり言って利益にはつながらないにもかかわらず、そういうことを精力的にやってくれているわけで、感謝しこそすれ、暴言を吐いたり避難したり、自分たちの方が調整できるだのなんだの言うのは傲慢です。
