ジョルジャ・メローニ(Giorgia Meloni)はどうやって首相になったのか?その歴史を徹底解説

結論

ジョルジャ・メローニがイタリアの首相に就任したのは、極右系政党を率いて着実に支持を伸ばし、2022年の総選挙で勝利した結果です。彼女はその後、連立交渉を経て2022年10月22日にイタリア初の女性首相として就任しました。

背景と成長過程

1977年1月15日、ローマに生まれる。若年時から右派青年組織に参加し、1992年には15歳で極右系政党 イタリア社会運動(MSI) 青年部に加入。 2006年4月28日に下院議員に初当選。その後2008年には第4次ベルルスコーニ政権で 青少年担当大臣 に就任(31歳と若年)。 2012年に右派政党 イタリアの兄弟たち(FdI)(Brothers of Italy) を創設(またはそれを基盤に)し、2014年3月8日から党首に就任。

政党の拡大と立ち位置

FdIは当初小規模でしたが、メローニのリーダーシップにより支持を急速に拡大。2018年総選挙やEU選挙で右派・極右層の受け皿となっていきます。 彼女は政権を目指すにあたって、「家族・国・イタリア人第一(Italy and Italians first)」というナショナリスティックなスローガンを掲げ、移民・EU懐疑的な姿勢も示しました。

2022年総選挙と首相就任までの流れ

2022年9月25日に実施されたイタリア総選挙で、FdIはおよそ26%の得票率を獲得し、右派連合の中で最大党となりました。 選挙制度(小選挙区+比例)により、右派連合は議会両院で安定多数を確保。メローニは連合候補として首相指名へ。 2022年10月21日、現職大統領 セルジョ・マッタレッラ がメローニに政権樹立の指名を行い、翌22日に就任。イタリア初の女性首相となりました。

なぜ急速に台頭できたのか?要因分析

① 政治空白・既存政党の衰退

従来の中道右派・中道左派政党に対する不満が蓄積しており、新たな受け皿を求める有権者が右派に流れました。

② ナショナリズムと移民・家族政策への訴求

メローニは移民制限・伝統的家族価値の提唱など、明確なメッセージで支持を取り込んだ。

③ 自身のイメージ整備と言葉遣いの柔軟化

選挙に向けてレトリックを調整し、“責任ある保守派”としての印象を強めたという評価もあります。

注意すべき点・議論される問題

FdIのルーツにはMSIやポスト・ファシストの流れがあり、メローニ自身も過去にムッソリーニ肯定発言をしていたことが問題視されています。 就任後も政策実行において「右派的公約の実現度」や「移民対策の実効性」などで批判が出ています。

おわりに

ジョルジャ・メローニが首相に至った道筋は、右派政党の長期的な育成、既存政党の疲弊、明確な訴求ポイントの提示、そして選挙制度の特性を活かしたものでした。

女性であるという歴史的意味もさることながら、彼女の登場はイタリアや欧州の「保守・民族主義旋回」の象徴とも言えます。今後もその政策・姿勢がどう影響を及ぼすか、引き続き注目されます。

参考文献

Britannica: “Giorgia Meloni | Party, Policies, & Italy”  Wikipedia: “Giorgia Meloni”  GIS Reports Online: “The evolution of Giorgia Meloni, from opposition to government”  Euronews: “What has Giorgia Meloni achieved in her first year as PM?” 

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