結論
猫は人間や霊長類のように「抽象的な公平性ルール」を理解しているとは考えられていないが、「自分が不利益を受けた」「期待より損をした」という状況に対して強い不快反応を示すことは多く、不公平に似た感情反応を示す可能性は高いと考えられている。猫の反応は社会的規範ではなく、自己中心的な期待と報酬評価に基づくものと整理されている。
そもそも「不公平を感じる」とはどういう能力か?
不公平感とは、単に損をしたと感じることではなく、「他者と比較して自分だけが不利な扱いを受けた」と認識する能力を指す場合が多い。この能力には以下の要素が含まれると考えられている。
・自分と他者を区別できる
・報酬の量や質を比較できる
・その差に意味づけを行う
人間では幼児期からこの能力が確認され、チンパンジーやカプチンザルなど一部の霊長類でも実験的に示されている。
猿や犬ではどこまで分かっているのか?
霊長類の研究では、有名な「不公平実験」が行われている。
同じ作業をしたのに、一方にはブドウ、もう一方にはキュウリが与えられると、キュウリを渡された猿が拒否反応を示す。
これは「他個体との比較」に基づく不公平感と解釈されている。
犬についても、報酬の差に対してやる気を失う、作業を拒否するなどの反応が報告されており、社会的動物としての公平性認知が示唆されている。
猫は社会的比較をする動物なのか?
猫は進化的に見ると、犬や霊長類ほど強い協力社会を作らない動物とされている。
・基本は単独行動
・群れの序列や役割分担が弱い
・狩りも基本的に単独
このため、「みんなで平等に分ける」という社会的ルールを発達させる必要性が低かったと考えられている。
猫は報酬の差にどう反応するのか?
猫に関する研究や観察では、以下のような反応が多く報告されている。
・他の猫だけが好物をもらうと不機嫌になる
・自分の番が後回しにされるとその場を離れる
・期待していた報酬が出ないと無視や攻撃行動を示す
これらは「不公平を理解した怒り」というより、「自分の期待が裏切られたことへの不快感」と整理されることが多い。
猫は「他者が得をした」ことを理解しているのか?
現時点では、猫が「相手が自分より多くもらった」という比較を明確に行っている証拠は乏しいとされている。
ただし、
・飼い主の注意が他猫に向いた
・自分への対応が減った
といった状況には敏感に反応する。
これは資源や関係性を奪われたと感じる反応であり、「社会的比較」というより「自分の取り分が減った」という評価に近い。
なぜ猫は「不公平っぽく見える行動」を取るのか?
猫の行動は以下の要因で説明されることが多い。
・期待値の高さ(報酬予測)
・自己中心的な資源評価
・人との関係性への依存
猫は「ルール違反」に怒るのではなく、「自分のメリットが減った」ことに反応していると考えられている。
【追記】
では、猫が示す「不公平っぽい反応」は、どこまでが本能でどこまでが学習なのか?
ここからは、もう一段踏み込んで整理する。
猫の「不公平反応」は学習で強化されるのか?
猫は生得的に人の表情や言葉の意味を理解するわけではないが、経験から「この行動をすると結果がどうなるか」は非常によく学習する動物とされている。
・鳴けばもらえる
・割り込めば先にもらえる
・怒れば注目される
こうした学習が積み重なることで、「他者が得をしている場面=自分が損をする場面」と結びつきやすくなる。
この結果、あたかも不公平を理解して抗議しているような行動が強化される可能性がある。
多頭飼育で不公平問題が起きやすい理由
複数の猫を飼育している家庭では、不公平に見える行動が顕著になりやすい。
理由として考えられているのは以下。
・資源(食事・寝床・人の注意)が有限
・順位関係が固定されにくい
・個体ごとに期待値が異なる
猫は犬のような明確な上下関係を作りにくいため、「自分はこの扱いを受けるはずだ」という期待がズレた瞬間に不満が噴出しやすい。
猫は「相手が悪い」と考えているのか?
ここが人間との大きな違い。
人間は不公平を感じたとき、
・相手がずるい
・ルールが悪い
・制度が間違っている
と原因を外部に帰属させる。
一方猫は、
・今の状況が不快
・期待が外れた
・自分の欲求が満たされない
という「現在の状態」への評価に近い。
つまり、猫は誰かを責めているのではなく、「納得いかない」という感情だけを持っていると考えられている。
進化的に見て「不公平感」は必要だったのか?
公平性の概念は、
・協力
・役割分担
・報酬分配
が前提となる社会で発達するとされている。
霊長類や人間は、協力しないと生き残れない環境で進化してきた。
一方猫は、
・基本は単独で狩りが可能
・協力が必須ではない
このため「みんなで公平に分ける」能力を発達させる進化圧が弱かったと考えられている。
それでも猫が「ずるい」と見える理由
猫が示す以下の行動は、人間の目には強烈に不公平に映る。
・他の猫にだけ構うと割り込んでくる
・自分の皿だけ空になると鳴く
・順番待ちを無視する
しかしこれは、
・自分の利益最大化
・今この瞬間の満足
を最優先する合理的行動とも言える。
猫にとっては「公平」より「即時報酬」が圧倒的に重要。
猫と人が一緒に暮らすうえでの注意点
猫を「公平性を理解する存在」と誤解すると、無用なストレスを生むことがある。
・順番を守らせようとする
・我慢を期待する
・他者への配慮を求める
これらは猫にとって理解不能な要求になりやすい。
重要なのは、
・期待値を揃える
・資源を奪い合わない環境を作る
・比較させない与え方をする
ことだとされている。
結論を補強すると
猫は不公平を「概念」として理解しているわけではない。
しかし、
・損をした
・期待が裏切られた
・関係性が脅かされた
ときに、非常に分かりやすく感情を表出する動物である。
その正直さが、人間の「不公平感」と重なって見えるだけであり、
猫は猫なりの論理で、極めて一貫した行動を取っていると整理できる。
参考文献
brosnan s.f., de waal f.b.m., inequity aversion in capuchin monkeys, nature
range f. et al., inequity aversion in dogs, pnas
addessi e. et al., inequity and social behavior in animals
既知の比較認知学・動物行動学の知見から整理
【コメント】
ほんとに猫は可愛い
