結論:害虫と益虫を「等しく」殺す行為は、一見公平に見えるが、生態系を非線形に撹乱し、結果として害虫が増え、益虫が減る方向に作用しやすい。これはロトカ=ヴォルテラ方程式で表される捕食者・被食者系の力学と、非線形系特有の安定構造の破壊として説明できる。
全体テーマ
なぜ「害虫も益虫もまとめて殺す」という操作は、直感と逆の結果を生むのか。非線形解析では何が起きているのか。
① 直感的な発想はなぜ間違いやすいのか
多くの人は次のように考えやすい。
・害虫が多い
・殺虫剤で数を減らす
・害虫も益虫も同じだけ減る
・全体として虫は減る
これは線形的な思考である。「減らした分だけ減る」「影響は比例する」という前提が暗黙に置かれている。しかし生態系はこの前提を満たさない。
② 生態系は非線形システムである
害虫と益虫(天敵)の関係は、単純な足し算引き算ではなく、相互作用によって変化する非線形システムである。
・益虫は害虫を捕食する
・害虫は植物資源で増える
・益虫の増減は害虫の数に依存する
・害虫の増減は益虫の数に依存する
このように、変数同士が互いに掛け算で結びついている。
③ ロトカ=ヴォルテラ方程式の基本構造
捕食者(益虫)と被食者(害虫)の関係は、古典的にはロトカ=ヴォルテラ方程式で表される。
害虫 x
dx/dt = ax − bxy
益虫 y
dy/dt = −cy + dxy
ここで
x:害虫の個体数
y:益虫の個体数
a:害虫の自然増殖率
b:益虫による捕食効率
c:益虫の自然死亡率
d:捕食による益虫の増殖効率
重要なのは、相互作用項が「xy」という積の形になっている点である。これが非線形性の核心である。
④ 「等しく殺す」という操作を数式で考える
殺虫剤を使って、害虫と益虫を同じ割合で減らす操作は、
x → (1−k)x
y → (1−k)y
という初期条件の変更に相当する。
一見すると対称で公平だが、問題はその後の時間発展にある。
⑤ なぜ害虫が先に回復するのか
害虫は
・捕食されなければ
・資源(植物)があれば
指数関数的に増える。
一方、益虫は
・害虫がいなければ増えない
・害虫が少ないと餓死する
という制約を持つ。
等しく殺した直後の状態では、
・害虫は「天敵が減った状態」
・益虫は「餌が減った状態」
に置かれる。
この非対称性により、害虫の方が先に増殖を再開し、益虫の回復は遅れる。
⑥ 非線形系では「比率」が重要になる
ロトカ=ヴォルテラ系では、絶対数よりも
・害虫と益虫の比率
・相互作用の強さ
が力学を決める。
等しく殺すと比率は一時的に保たれるが、回復過程でその比率が崩れる。特に益虫が少なすぎる状態では、害虫増加を抑えるフィードバックが働かない。
⑦ 安定点(平衡点)からの距離が変わる
捕食者・被食者系には、
・両者が共存する平衡点
が存在する。
無差別殺虫は、この平衡点から系を大きく引き離す操作になる。非線形系では、平衡点から離れるほど、戻り方は非対称になる。結果として、害虫優位の軌道に入りやすくなる。
⑧ なぜ「益虫だけ減る」ように見えるのか
実際には
・殺した直後は両方減っている
・時間が経つと害虫が爆発的に増える
・益虫は遅れて、しかも十分に増えない
という時間差が生じる。
観測者には「害虫が増え、益虫が減った」という結果だけが強調されて見える。
⑨ 非線形解析入門でこれを扱う意味
この例が非線形解析でよく扱われるのは、
・直感(公平に殺せば公平な結果)
・線形思考(比例的変化)
が、非線形系では通用しないことを明確に示すからである。
人為的な介入が、むしろ逆効果になる典型例として使われる。
⑩ 実際の農業・環境管理との対応
この理論は机上の空論ではない。
・無差別殺虫剤の長期使用
・天敵の減少
・害虫の再増殖
という現象は現実の農業でも繰り返し確認されている。
そのため、
・選択的防除
・天敵保護
・生態系全体の安定点を保つ管理
が重要だとされている。
最終的な整理
害虫と益虫を等しく殺す行為は、非線形な捕食者・被食者系においては「中立な操作」ではない。ロトカ=ヴォルテラ方程式が示すように、回復力と依存関係の違いにより、害虫が先に増え、益虫が減る方向へ系が動きやすい。
これは「等しく扱えば公平な結果になる」という線形的発想が、生態系という非線形システムでは成立しないことを示す、非常に重要な例である。
【コメント】
正直難しいです!
逃げる
