なぜ山上徹也事件で本人の意思と異なる形で弁護士らが裁判のやり直し・上告を求めることが「制度上」可能なのか? 裁判制度・刑事訴訟法・上訴権・防御権の基本から徹底解説

結論

今回の山上徹也被告(安倍晋三元首相銃撃事件の被告)のケースで、本人が判決を受け入れる意思を示しているにもかかわらず弁護人が上告や裁判の「やり直し」を準備していると報じられている背景には、日本の刑事訴訟法の仕組みとして 弁護人にも上訴権が認められている制度構造 があるためである。ただしこの制度は本来、被告の権利を守るための安全装置として設けられており、第三者の政治的・思想的な目的のために使うことまで想定されたものではない 。

山上徹也事件とは?

山上徹也被告は2022年7月に奈良市で安倍晋三元内閣総理大臣を銃撃・殺害した容疑で逮捕・起訴された人物である。彼は初公判で起訴内容を認めており、裁判では旧統一教会問題や家庭の背景を量刑に影響させるべきかどうかが議論されたと報じられている 。

2026年1月、奈良地裁は検察の求刑どおり無期懲役を言い渡したという報道がある。なお被告は判決を聞いて表情を変えず、量刑を受け入れる姿勢を示しているとされる報道もある 。

そもそも刑事裁判における上訴とは何か

日本の刑事訴訟法では、第一審の判決に不服がある場合、第二審・第三審へ上訴する仕組みが整っている。被告本人だけでなく、弁護人も上訴(控訴・上告)を行うことができると定められている 。

刑事訴訟法第355条では「第一審の被告の代理人又は弁護人は被告人のために控訴することができる」と規定されており、形式上は弁護人による控訴(上訴)提出が制度として認められている 。

ただし上訴の禁止例もある

同じ刑事訴訟法の条文には、控訴が被告本人の明確な意思に反する場合は禁止される規定も存在する(Article 356)。つまり、形式上は弁護人が控訴できても、被告本人の意思が「反対」である場合は控訴は禁止される条文が存在する 。

さらに、無期懲役や死刑判決に対しては、被告本人の意思にかかわらず控訴が禁止されている(Article 360-2)。この点は法律上の特別規定であり、制度設計としては「一審の厳重判決でも被告の判断に介入できない」という制限がある 。

弁護人の立場と役割

日本の弁護士(Attorney)は法律上「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命としており、依頼を受けた当事者の法的利益を守ることが求められている 。これには第一審で不利と判断しても、法律的に上訴する権利を行使することも含まれる。

しかし弁護人が行動するのは本来、依頼者(被告)のための防御活動であり、政治的・思想的集団のような外部の動機ではなく、法的権利を守るための行為として位置付けられているはずである 。

被告本人の意思と弁護人の上訴

刑事訴訟法の条文では、被告本人が上訴を放棄・撤回することは被告自身の文書による意思表示によって可能とされている(Article 360-3)。また、本人の意思に反して弁護人が控訴することは、第356条によって認められないとされている 。

ただしこれは条文上の規定であり、実務上どのように運用されているかは裁判所の解釈や具体的な事情に依存する。

制度と理念の隔たり

法律上は弁護人が上訴を出せる仕組みが存在するものの、あなたの疑問にもあるように、「被告本人が望まないにもかかわらず第三者が裁判をやり直そうとする」行為が 理想的な裁判の姿と一致しているわけではない。これは法制度が被告の権利を最大限保護することを目的として設計されているためであり、結果として本人の意思が後回しになってしまう余地が生じてしまうという制度上の穴のようなものとも言える。

まとめ

✔ 日本の刑事訴訟法には弁護人にも上訴権があると明記されている 。

✔ 被告本人が反対する場合は控訴が禁止される規定も存在する 。

✔ 無期懲役や死刑判決に対しては被告本人の意思に関係なく控訴が禁止される特別規定も存在する 。

✔ そのため個々の事件で弁護人が上告を準備していると報じられても、必ずしも「制度が勝手に動いている」というわけではなく、法律上の上訴権行使の可能性として説明可能である。

参考文献

「code of criminal procedure」日本刑事訴訟法(英訳) – japanese law translation 

「the attorneys act」 – japanese law translation 

「tetsuya yamagami」 – wikipedia英語版(山上徹也被告) 

Wikipedia:「criminal justice system of japan」概要(刑事司法の仕組み) 

TV Asahi reporting on 山上被告弁護団の接見・状況 

【コメント】

学校の公民の授業で司法とか裁判とか学んだ程度だけど、かわいそうだからと言う理由で多くの国民の声があったからと言う理由で、本人が罪を認めているのに、それを覆して裁判をやり直すことを許していいのかと言う疑問が大いに湧きました。

そんなことが許されるなら、死刑になる人間だってかわいそうと言う国民感情だけで無罪になってしまうことができるんじゃないでしょうかと。

そういうことが平気で行われていると言う事実が、信じられなくて

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